シリーズ『映画館の未来を考える』2章 2-1 -映画がうまれる前

2-1 映画がうまれる前

今週もすてきな映画に出逢いましたか?
こんにちは、うめちゃん先生です。


わたしは映画館が大好きすぎて、大学院生のときにパリで映画館の研究をしていました。


そんなわたしが担当する映画館研究コラム『映画館の未来を考える』シリーズ。


今回のコラムは、映画の歴史の基礎知識である「2章 映画のはじまり」から、映画がうまれるちょっと前の時代のことをお話をします。


映画がうまれる前、映画に通じる装置が世界中で発明されていました。まだ誰も映画を観たことがなかったその時代に、少し思いを馳せてみましょう。

目次

1章 都市に暗闇は必要である
   1-1.映画館と出逢う
   1-2.映画館研究をはじめる
2章 映画のはじまり
   2-1.映画がうまれる前
   2-2.エジソンとリュミエール
   2-3.パリの映画博物館
3章 映画館の移り変わり―パリ市街での変遷をおって
4章 映画の国、フランス!
5章 パリの映画館MAP
6章 映画館の未来を考える

まだ見ぬ世界への憧れ

 約130年前、映画という技術が誕生する以前から、人々は自分が生きている世界とは違う別の世界を体験することを切望していました。自分が暮らしているまちのほかに、世界にはどのような場所があるのか。そこには、どんな人たちが暮らしているのか。


 大航海時代の後、より多くの異国の情報が書籍や絵画、演劇を通して語られるようになりました。ひとびとの興味は「自分の体験したことのない異国の世界やおとぎ話を、あたかも自分が体験しているかのように感じられる装置や場所」に注がれました。


 それもそうなるはず。


 今よりも移動技術も発達していなかった当時、異国なんてほんの一握りのひとしか行けない夢のまた夢のような場所でした。多くのひとが、小さなコミュニティの中で一生を終え、新しい刺激を求めていたに違いありません。


 そうして欧米各国では、ひとびとの好奇心を満足させるべく、大きく分けて以下のふたつのアプローチで、まだ見ぬ世界を体験するための装置が考案されていきます。

①そこにないものがみえる(プロジェクション・覗き穴)

②まるで動いているかの様にみえる(アニメーション・動画)

 
 映画はこの2つのアプローチがやがて一体となり、フィルムに写る静止画(写真)がコマ送りで動き、それが光で投影されることで誕生した発明とも考えられます。


それが実現するまでの道のりには、どのような発明があったのか、以下すこし紹介していきます。

①そこにないものがみえる
—プロジェクション・パノラマ・覗き穴

影絵

古くから中国、アジア各国では影絵の手法をつかった
伝統芸能が文化として根付いています。
欧米でも同様な文化が観られることから、
光と影をつかう芸術として、原初的な存在です。


走馬灯

中国発祥の走馬灯は、江戸中期に日本に伝来しました。
二重構造の筒の外側がスクリーンの役目を果たし
内側の筒に絵が描かれています。
中央にろうそくを入れると、その熱で煙突効果がおこり
内側の筒が回転することで影が動いているよう見えます。


パノラマ館 (1814~)

ドーム状の建物のなかに、疑似的に360°の風景をつくるパノラマ館が世界各国で流行しました。壁は360°の壁画で埋められ、床部分は風景と連続した装飾がなされました。観客は中央の物見台から、景色を一望できました。
イギリスにあった2階建てのパノラマ館
日本には1890年に上野に。
その後、浅草や各地にパノラマ館が作られました。


幻灯機(マジックランタン) 

光源とレンズを使って、ガラスに描かれた画像(スライド)を幕に投影する装置。歴史は古く、2世紀の中国では幻灯機が既に文献に現れているそう。興業や布教、講演などさまざまな用途に使用され、19世紀には異国の風景の映像を投影し、弁士が解説する「トラヴェローグ」というスライドショーが人気を集めました。


ファンタスマゴリア (1800’s~)

ヨーロッパで流行した幻灯機を用いた幽霊ショー。
壁や煙、半透明の幕に悪霊、亡霊、骸骨などの絵が
映し出されるものでした。
お化け屋敷やホラー映画のようなものでしょうか。


ペッパーズ・ゴースト (1862~)

観客と舞台の間のガラスに、幽霊の姿を反射させる技法。
照明を消すと、ガラスにうつる像は見えなくなる仕組み。
いまなお、多くのアトラクションで利用されています。


立体視(3D)


ピープショー (15th century~)

日本では「のぞきからくり絵本」とも呼ばれるもので、
複数枚の絵を距離をおいて配置することで
覗き穴から覗くと、あたかも立体的に見える装置です。
穴からのぞくとこのように奥行きを感じます。
これらはピープショーとして、
街角で興業されることも多くありました。


ゾグラスコープ (1730’s~)

凸型レンズを通して風景画を覗き見ることで、
別の場所の風景を擬似的に体験する装置である。
日本では「覗き眼鏡」の名前で知られ、
江戸時代より富裕層に楽しまれていました。


ステレオスコープ(1838~)

初代ステレオスコープ
横に2つレンズが並んだカメラで撮影した
2つの微妙に異なる角度の写真を穴から覗くことで
立体視(3D)を体現するための装置。


アナグリフ(1853~)

ステレオスコープの2枚の写真を、
異なるインク色をつかうことで1枚にプリントしたもの。
赤と緑の眼鏡をかけることで3Dに見える。
3D映画で長年おなじみだったこの眼鏡も
最初は立体写真を楽しむために使われた。


カイザーパノラマ (1890~)

ステレオスコープを応用したエンターテインメントとして
欧州で流通。25席それぞれに覗き穴があり、異国の風景を映した立体写真をゆっくりと楽しむものでした。

②まるで動いているかのようにみえる
  —アニメーション・動画


ソーマトロープ(1825~)

表と裏に描かれた2枚の絵が、ひもによって高速回転することで、
残像によってあたかも1つの絵のように見える装置。
アニメーションの原点と言われています。


フェナキストスコープ(1831~)

円盤にかかれたコマ送りのイラストを、
回転させながら鏡にうつし、スリットからのぞくと
イラストが動いているかのように見える装置。
日本では、おどろき盤としても知られています。


ゾートロープ(1834~)

スリットの入った円筒形の装置。
回転させながら、スリットから奥のイラストを
覗き込むことでイラストが動いている
ように見える。回転のぞき絵とも。
1870年代に写真の連続撮影が可能になると
写真を用いたゾートロープも作られ
後の映画の発明に近づきます。


プラキシノススコープ(1877~)

ゾートロープと同じ円筒形であるが、
回転軸の鏡にとりつけ、それにうつる像をみることで
複数人で観れるように改良されています。
後に幻灯機と組み合わせて用いられることもありました。


ミュートスコープ(1894~) 映画発明後にも

エジソンの助手だったディクソンが、エジソンの元を離れてから
発明した「パラパラマンガ形式」の上映装置です。
同じ覗き込む形式でありながら、キネトスコープよりも丈夫で、
大きく鮮明な映像を楽しめたため人気を博しました。

そして映画の誕生へ

 1888年、プロジェクションの技術とアニメーションの技術が合体します。
 フランスの理科教師であったレイノーは、①の幻灯機と②のプラキシノススコープとを組み合わせたような『テアトル・オプティーク』という動画上映装置を発明しました。


 テアトル・オプティークでは、円で閉じたプラキシノススコープを改良し、絵を巻き取り式にしたことで、コマ数の制限を外し、一定の動作を繰り返すだけでなく、数分の物語が楽しめるようになっていました。
 ひとつの作品には、800枚にもおよぶ絵が使用されました。それらがつながり、コマ送りされながらスクリーンに投影されることで、大勢の人々が同時にアニメーション動画を楽しむことができました。
 テアトルオプティークは興業としても成功をおさめました。

 
 しかしながら、大量の絵を描くという途方もない作業のため作品数が限られてしまい、テアトル・オプティークの流行も長くは続かず、後に登場するシネマトグラフにその人気を譲ることになります。
 

 ただし、ひとびとはこのテアトル・オプティークを通して「自分の今いる場所とは別の物語を、動いた姿で目の前で見る」ということを体験し、それは現在の映画にいたる視聴体験のルーツとも考えられます。

次回予告

 その後、ひとびとはついに映画と出逢います

 アメリカのトーマス・エジソンとフランスのリュミエール兄弟。
 
 映画の父と呼ばれる彼らによる発明により、一気にさまざま映画作品が制作されることになるのですが、そんなエジソンとリュミエールのお話はまた次回のコラムで。

大学院生時代にパリに留学。 パリにある映画館を全館(2013年当時84館)まわり、研究論文を提出。 福岡映画部第一回イベントにて、トークゲストを務めた後、映画部に所属。 よく観るジャンルは、ヨーロッパの日常を描いたもの。
投稿を作成しました 4

関連する投稿

検索語を上に入力し、 Enter キーを押して検索します。キャンセルするには ESC を押してください。

トップに戻る