シリーズ『映画館の未来を考える』1章 1-1 映画館と出逢う

1-1 映画館と出逢う

今週もすてきな映画に出逢いましたか?
はじめまして、うめちゃん先生です。


わたしは映画館が大好きすぎて、大学院生のときにパリで映画館の研究をしていました。


その研究について、2017年12月にみなさんの前でお話した第一回イベント映画館の未来を考えるーパリ、映画館巡礼の記録と語りからをきっかけに、福岡映画部の活動がスタートしました。その後、映画部はいろいろな活動をおこなってきましたが、いま一度わたしの原点でもある映画館研究を見える形でまとめることで、映画部の活動をより充実させていきたいと考えています。


そこで2020年、『映画館の未来を考える』と題したコラムを担当することになりました。これからこのコラムでお話していく内容については以下の目次を参照してください。


初回である今回は、そんなわたしが映画館に出逢った小さい頃のお話をします。
個人的なお話ですが、もしご興味ありましたらお付き合いくださいませ。

目次

1章 都市に暗闇は必要である
   1-1.映画館と出逢う
   1-2.映画館研究をはじめる
2章 映画のはじまり
3章 映画館の移り変わり―パリ市街での変遷をおって
4章 映画の国、フランス!
5章 パリの映画館MAP
6章 映画館の未来を考える

90年代に地方で育ったわたしたち

2歳のわたし。ディズニーランドにて。

 平成の始まりに、福岡の小さな田舎町で育った私。日本映画低迷期ともいわれる90年代、二本立てがまだギリギリ上映されていた頃です。


 当時、父や母に連れられて通った車で20分の小さなシネコンは、都会の映画館よりも数ヶ月遅れての上映。それでもたくさんの同世代のこどもたちに囲まれて、劇場版アニメやジブリ、特撮系を観にいったことを覚えています。


 入れ替え制もなく、ずっと居座ろうと思えば居座れる環境で、途中でトイレにたつこどもたちや、ぼりぼり食べるポップコーンの音が賑やかでした。最前列で見上げたスクリーンはとても大きくて、家でみるビデオとはまるで違う。


 —幼いころ体験した映画館は、いまでも記憶に鮮明です。


 そのシネコンも2000年代に入り、私が高校生になる頃にひっそりと閉館。近くのまちにショッピングモール型の大きなシネコンが誕生したのがきっかけでした。平成あるあるですね。

図書館の良作たち

 そんな中で、私が意識して映画を観るようになったのは、小学校高学年の頃だと思います。とはいえ、田園風景広がる田舎の中には、映画館はおろか、レンタルショップもありません。


 実家から徒歩1分の町の図書館、そこで借りるVHSこそがわたしを映画好きにさせた張本人です。

「小さな恋のメロディー」
「マイ・ガール」
「スタンド・バイ・ミー」
「グーニーズ」
「がんばれ!ベアーズ」
「依頼人」
「ビッグ」
「レインマン」…。

 

 なんとも図書館的な良作ラインナップ!VHSが擦り切れそうなほど繰り返し繰り返し観ていました。


 そうこうしているうちに、次々に画面の中の少年に恋をしました。リバー・フェニックスやブラッド・レンフロ。こんなにかっこいい男の子、見たことありません。

Tシャツにデニムで
めちゃくちゃかっこいい
リバー・フェニックス。
『ジョーカー』の
ホアキン・フェニックスの
お兄ちゃんだなんて。

 

 —映画って素敵です。


 かっこいい姿が何度でも観れます。画面の中の少年は、ずっと完璧な少年のままです。何年経っても!
 数年後、リバー・フェニックスはこの世を去り、ブラッド・レンフロは中毒者になっていることを知りました。現実が残酷だからこそ、事実を知ったあとの映画の中の彼らがよけいに美しく輝いてみえた気がしました。


 —映画って素敵です。


 知らない世界のこと、知らない時代のこと、知らない考え方、たくさん教えてくれます。
 田舎町に育ったからこそ、外の情報に飢えていたわたしにとって映画は世界を知れるきっかけをたくさん与えてくれる存在でした。

次回予告

 映画館に恵まれていなかった幼少期をおくったからこそ、大学で福岡市内に出てきて一気に映画館熱がフィーバーします。そしてついにはパリで研究をすることになるのですが、そのお話はまた次回のコラムで。

大学院生時代にパリに留学。 パリにある映画館を全館(2013年当時84館)まわり、研究論文を提出。 福岡映画部第一回イベントにて、トークゲストを務めた後、映画部に所属。 よく観るジャンルは、ヨーロッパの日常を描いたもの。
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